402.【連載】『上五島は、ざぁま良かとこ。』第8回 有川港ターミナル付近にある、上五島が生んだ第50代横綱・佐田の山関の迫力満点の像。【第五十代横綱佐田の山関之像】
2023/10/02
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私が生まれた場所である長崎県南松浦郡新上五島町を私が撮影した写真とともにご紹介する連載『上五島は、ざぁま良かとこ。』、8回目です。
今回は、上五島生まれで今年相撲が好きになった私が必ず訪れたかった場所をご紹介いたします。
後ろにある大きな建物は、有川港ターミナルです。その付近に、土俵のような丸く区切られた場所があり、その上には立派な像があります。
横綱土俵入りをしている力士の像です。
こちらが、第五十代横綱佐田の山関之像です。この有川港ターミナルがある上五島の有川で生まれ育った方です。
後ろから撮影すると、注連縄が雲龍型の結びであることもよく表現されております(横綱土俵入りは、この雲龍型と不知火型の2種類があり、佐田の山関は雲龍型で横綱土俵入りをしておりました)。
その表情からも、迫力が伝わってきます。
佐田の山関は長崎県出身の唯一の横綱であり、幕内最高優勝制度ができてから幕内最高優勝を成し遂げた長崎県出身の唯一の力士でもあります。そんな長崎県出身のレジェンド力士が、私が生まれた上五島から出てきたことは非常に誇らしいです。
子どもの頃も有川港ターミナルを訪れた際に佐田の山関の展示を見た記憶があります。当時は相撲にそれほど興味がなかったのですが、それでも覚えているくらい印象に残ったものです。その展示も今回、もちろん見てきました。
横綱になることは非常に難しいことです。しかも佐田の山関の時代は、幕内最高優勝32回を誇る昭和の大横綱・第48代横綱の大鵬関がいた時代です。大鵬関がいた時代に横綱になることは本当に難しかったことでしょう。そんな時代ながら佐田の山関は横綱になり、幕内最高優勝を6回も成し遂げました。
有川港ターミナルには、佐田の山関の展示の他にも、クジラに関する展示やこちらの記事でご紹介した青砂ヶ浦天主堂や後ほどご紹介する頭ヶ島天主堂の建築を手掛けた上五島出身の建築家・鉄川与助(鐵川與助)に関する展示もございます。
見かけたバスにも、新上五島町公式キャラクター『あミ~ご』と『みことちゃん』がいました!みじょかっちょ~!
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今回は、第五十代横綱佐田の山関之像をご紹介いたしました。相撲がお好きな方で、上五島を訪れる方にはぜひ訪れていただきたい場所です。
私も、これから全国の相撲に関する場所をいろいろと訪れることができればと思います。
次回以降も、上五島の様々な場所をご紹介いたします。本記事をお読みいただき、ありがとうございました。
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※本連載や上記のスタンプの宣伝は、私が個人的にやっているものであり、どこかから依頼されたもの、いわゆる「案件」ではありません。仮に記事執筆や宣伝などを依頼された場合は、そのことを明記いたします。