330.「発達障害」という表記について。【僕は発達凸凹でも、前向きに生きていく。第37回】
2023/09/04
※この記事での私の特徴は自閉スペクトラム症(ASD)や発達性協調運動症(DCD)当事者の特徴のうちの、ほんの一例です。全ての神経発達症(発達障害)当事者に当てはまるわけではなく、特徴は十人十色だということをご理解いただけると幸いです。また、このシリーズにおける凸凹とは、凸が得意なことや強み、凹が苦手なことや困難を感じること、という意味合いで用いています。
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こちらの講演会の資料など詳細は、こちらの記事をご覧ください。
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これまでの記事をお読みいただいた方であればお察しかもしれませんが、私は「発達障害」という表記をあまり用いません。
この表記が普及してしまっていますので、こう表記したほうがわかりやすい現状となっております。
しかし、「発達障害」と表記してしまうと、その「障害」という言葉からは悪い面(凹)しか読み取ることができません。しかし、その特性を活かして成功をおさめた(凸)方もいる事実があります。
したがって、良い面と悪い面どちらも含んだような「発達凸凹」という表記を知り、それを気に入ったことにより自身の著書の名前にも「発達凸凹」という表記を用いております。
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また、「発達障害」という枠組みは非常に幅広い特性の人々を含みます。私のような口数が少ない、落ち着きのある人々もいれば、お喋り好きで落ち着きのない人々もいます。
一口に「発達障害」といっても、実に十人十色であり、全く同じ特性の人はいません。このように、その表記が示す対象があまりにも幅広いことからも、私は「発達障害」という表記を用いません。
また、「発達障害」の反対語とされる「定型発達」という表記にも懐疑的です。「定型」という言葉からは型にハマったというイメージを抱きますが、人間はそれぞれ個性があり、完璧に型にハマった人間などいないと私は考えるからです。
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以上の考えを踏まえて、私は「発達障害」「定型発達」という言葉にとらわれず、その人ならではの個性に着目することを心がけております。
したがって、本ブログでの連載のタイトルの「発達僕は発達凸凹でも、前向きに生きていく。」ではなく単に「僕は発達凸凹でも、前向きに生きていく。」となっております。
「発達障害」であろうが「定型発達」であろうが、誰にでも得意なこと(凸)と苦手なこと(凹)があり、その特性を踏まえて生きているという私の考えが込められたタイトルとなっております。
ちなみに、私は「発達障害」「定型発達」という言葉を好んで用いる人々を否定をせず、尊重いたします。私は「いろいろな考えがあっても良い」という考えだからです。様々な異なる考えの人々といろいろと議論し、自らの考えを深めていくことが私は好きです。
それでは、本記事をお読みいただき、ありがとうございました。