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1170.【小説】公園の亀趺 第23話

2025/01/25

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公園の亀趺きふ

第23話

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武杵園は、老若男女様々な人々で賑わっている。

ある春の時分、ここにもいくつもある桜の木がきれいな頃の話である。

「うむ・・・、桜はどこで見ても美しいものだ。」

とある高齢の男性が、桜並木の絶景に感嘆していた。

「桜の木は・・・毎年わたしも楽しみです。武兵衛さまも桜が好きでしたね。」

武杵園の隅の亀趺も、桜を楽しんでいるようである。ここにお屋敷があった頃も庭には桜の木がいくつかあった。無論、亀趺が考えていることはこの男性には聞こえていない。

「うう・・・、歳のせいもあるかもしれんが、すぐこうなってしまうな。」

男性は、桜に感動したからか知らないが、涙ぐんでいた。

「そうですか・・・。なにか、桜に思い出があるのかもしれませんね。」

亀趺ももらい泣きしていた。この日は春にしては寒い朝なので、まんまるお目々に付いている露がちょうど涙のように見えた。

「お母さん、今年も桜はきれいですよ。」

男性はそう呟いた。この男性自体が高齢なのでおそらく、もう遠いところへ行ってしまった母親を想っているのだろう。桜が好きな母親だったのかもしれない。

「男の人にとっては特に、母親の存在は何歳になっても特別なものな方もいらっしゃいますよね。」

亀趺はこの男性にしみじみとしていた。

「お母さん、いつもありがとう。」

今もなお、この男性にとって母親の存在は支えとなっているようである。

「いつも応援しておりますよ。」

突然、女性の声がした。しかし、この男性の周りには誰もいない。

「あれ、お母さんの声がした気がする。いつも心の中にいるからかな。よし、今日もがんばろう!」

男性は朝日とともに桜を楽しんでから武杵園を去り、一日を始めていくのであった。

「わたしも、応援しておりますよ。」

亀趺も、こう思っていた。この男性の母親の声は本当に男性の心の中の声なのか、それとも亀趺の仕業かは不明である。

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つづく

ちなみに亀趺きふは実在するものであり、こちらの記事でまとめております。

長崎市の松森天満宮で撮影した、亀趺(きふ)と呼ばれる亀の形をした土台。