山田隆一公式サイト

1158.【小説】公園の亀趺 第17話

2025/01/19

...

公園の亀趺きふ

第17話

...

武兵衛がお屋敷で一人で暮らすようになってから、幾年もの時間が経過した。

武兵衛はすっかり年をとっていた。

「武之助、きね・・・。」

武兵衛にとって、既にあの世へ行っている息子の武之助や妻のきねは大切な存在である。一日として、思い出さなかった日はない。

「はるは、今も元気でやっているようだから安心だ。」

娘のはるは、嫁ぎに行ってからも度々お屋敷を訪れていた。一人で暮らす父親が気がかりなので、顔を出していたのだ。

はるにとっては武兵衛が心配なので武兵衛の顔を見ると安心するのだが、武兵衛にとってはるの状況はいろいろなことがお見通しの亀趺が教えてくれるので顔を見ても笑顔にはなるが、安心感はそれほど変わらない。

「よし、今日も充実した一日だった。床につくとしよう。」

高齢になっても、武兵衛は商いを続けている。家族は周りにはいないものの、商いで関わる人々や飲み仲間たちとは関わりがある。

・・・眠りについた武兵衛は夢を見ている。

「武之助・・・!武之助~!」

夢の中で、武兵衛はいつまでもかわいい息子の武之助と会ったので嬉しくてたまらない。

武之助は、この時分に生きていたらこれくらいの年格好であろう風貌になっていた。すなわち、大人である。それでも一目見ると武之助だとわかるのは、やはり親子であるということだ。

「父上!今までお疲れ様でした。これからは僕にも甘えてください!」

「何を言うか、俺はまだまだだ!」

武兵衛は照れ笑いをした。

「父上!行きましょう!」

「・・・、そうだな。行こう。」

武兵衛は、武之助とともに光の中へ歩いていった。

あくる朝のことである。

「武兵衛さん!いつもの卸しに来ましたよ~!」

ある男が、武兵衛の商いに必要なものを卸しにやってきた。お得意様なので、門の鍵を持っているほど武兵衛に気に入られていた男である。

「・・・。」

お屋敷の中に入り事態を察した男は、床で幸せそうで穏やかな顔をして冷たくなっている武兵衛に手を合わせた。

お屋敷の隅にある亀趺も、労いの表情を見せているようにも見えた。

...

つづく

ちなみに亀趺きふは実在するものであり、こちらの記事でまとめております。

長崎市の松森天満宮で撮影した、亀趺(きふ)と呼ばれる亀の形をした土台。