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1156.【小説】公園の亀趺 第16話

2025/01/18

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公園の亀趺きふ

第16話

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再び、武兵衛の娘・はるが嫁ぎに行ってしまい、お屋敷に武兵衛が一人ぼっちになってしまった時分である。

「武兵衛の旦那!」

武兵衛の飲み仲間・梅吉がお屋敷を訪ねてきた。長年の付き合いなので、お互い顔に皺が増えた。武兵衛は白髪となり、梅吉の髪はほとんど抜け落ちている。

「おう、梅吉!・・・そういえば、今日だったな。毎年ありがとうよ。」

「旦那は許してくれても、自分の中で気がすまねぇ!体の自由がきく限りは、毎年この日は旦那のところへ来るよ。」

そして梅吉は、お屋敷の庭の隅にある亀趺に向かって歩いた。

「武之助・・・。梅三郎はあれからしばらくして、みっちゃんと夫婦めおとになることとなったよ。今も倅はみっちゃんに首ったけだ。俺にはどうすることもできねぇ。武之助、あっちで元気にやってることをいつも願ってるよ。」

この亀趺は、武兵衛が亀が好きだった武之助のことを想ってつくられたものである。そのことを知っている梅吉は毎年、武之助の命日になるとこうやって武兵衛のお屋敷を訪れて亀趺に手を合わせているのである。

やがて武兵衛も梅吉の隣に来て、共に手を合わせた。

「梅吉さん、毎年律儀ですよね。本当に義理堅いお人だ。」

亀趺が武兵衛に話しかけた。

「本当にそうだ!感謝してるよ。」

「ん?旦那、独り言かい?」

「あ、そうだったな・・・。なんでもねぇ。気にしないでくれ。」

武兵衛はうっかり、声に出して返事をしてしまった。亀趺が話していることは、梅吉には聞こえないのだ。

「そろそろ、これを開けないかい?」

「そうだな。久しぶりに会うから話すこともいっぱいだ!」

亀趺に二人で手を合わせた後は、梅吉の手土産の酒と肴とともに今宵は二人で語り明かしたのであった。

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つづく

ちなみに亀趺きふは実在するものであり、こちらの記事でまとめております。

長崎市の松森天満宮で撮影した、亀趺(きふ)と呼ばれる亀の形をした土台。