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1132.【小説】公園の亀趺 第5話

2025/01/07

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公園の亀趺きふ

第5話

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お屋敷に亀趺がつくられてから10年が経とうとしている。

武兵衛の娘・はるはもう十六になる。兄の武之助がこの世を去ってから武兵衛にとってたった一人の子であるはるが、遠くへ嫁ぐこととなった。

「お父上、ほんとうによろしいのでしょうか。」

「いいんだよ。俺のことは心配しないでいいから、おまえの行くべきところへ行くんだ。」

この3年前に、武兵衛の妻ではるの母にあたる、きねも武之助のところへ旅立ってしまった。つまり、はるがこのお屋敷を去るということは、武兵衛が一人ぼっちになるということだ。

「お父上が寂しくないよう、たまに文をよこしますから。」

「ありがとう。俺は家には一人だが、町に出れば話し相手はいっぱいいるし、大丈夫だ。」

武兵衛は腹の中で泣きながら、精一杯の笑顔で娘を送り出そうとしている。

「お義父様、はるさんは僕が責任をもってお守りし、楽しく過ごします。ありがとうございます!」

はるの夫となる男・君澤龍之進きみさわたつのしんが武兵衛にお礼を言った。龍之進は口数は少ないが、人情深い男だ。武兵衛は最初は警戒していたものの、共に酒を飲み交わすうちに打ち解けて、今では安心して娘を送り出すことができるようになった。

「それじゃあ、達者でな。明るく元気でな。」

「お父上も、お体にお気をつけてくださいね。」

武兵衛は頬に笑みを浮かべながら娘に別れを告げた。

背中を見せながら歩いていくはるを眺めることなく、すぐにお屋敷の門を閉じた。

その刹那、それまで笑みを見せていた武兵衛が嗚咽した。本来は声を上げて泣きたかったのだが、そうするとはるに聞かれるかもしれないと思い、声を必死にこらえた。

同じく門の中にある亀趺の丸くてかわいい目にも、雫のようなものが見えた気がした。それは先ほどまで降っていた雨の雫なのか、他の何かなのかは、誰もわからないのであった。

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つづく