1299.【小説】或除者の独白 幼少期編 第25話
2025/03/25
...
或除者の独白
幼少期編
第25話
...
ここまでいろいろと私の幼少期のことを話して来たわけですが・・・。私の話を聴いてくださっている皆さまの中には、幼少期に同じく私のような感じだった方もいらっしゃるかもしれません。また、自身や知人のお子様が私のような方もいるかもしれません。
・・・そして、寺石くんのようだった方ももしかするといるかもしれませんね。現在の寺石くんは改心していることを願いますが・・・。要領が良く、器用だった寺石くんにいろいろとイジられて当時の私は非常に不愉快でした。寺石くんは楽しかったのかも知れませんが、私は本当に気持ちが悪かったことを思い出します。
しばしば学校では「いじめ」が問題になります。ただ、私の場合はいわゆる「いじめ」を受けるほど校内で深い人間関係を築けませんでした。寺石のようなイジってくる輩はいましたが、「いじめ」と言えるほど深刻なことを直接的にされた記憶はあまりありません。私の場合は、そもそもクラスから孤立していましたからね。
そんな立ち位置だった私ですが、「いじめ」はあってはならないと強く思います。しばしば標的になりがちなのは、私のような「変わっている」と言われうる子です。私の場合は寺石らによる「イジり」というレベルのものだったかもしれませんが、私に似たような子の中には深刻な「いじめ」を受けている子もいることでしょう・・・残念ながら。
子どものうちはまだまだ未熟ですからそういったことが起こっても仕方がない部分もあります。ただそれを教員の皆さまが目を光らせて、防いでいくべきです。・・・ただ、残念ながら報道で、教師が「いじめ」を見逃し、上に報告しない、などという事件がたまに報道されます。・・・残念ですね。
人間は無意識にいると、集団になるとどうしても「いじめ」というものが起こってしまうという話を聞いたことがあります。大昔、私たちのご先祖様にあたる生物たちが群れを乱すまいと集団にうまく従わない個体を排除する・・・生存本能として備えられた機能だという説もありますね。
ただ、私たちはよく考えられる頭を持っています。その頭で、「いじめ」というものが起こらないように一人ひとりが心がけることが大事です。
もちろん、私たちは人間ですから「好き嫌い」「相性」というものがあります。それでも、相性が良くない人にも「寛容」でいることができる姿勢が大事だと思われます。
せっかく同じこの世界に生まれてきたのですから、お互いが気持ちよく生きられるように一人ひとりが考えることが大切です。
・・・、話がエスカレートしすぎて、持論を述べてしまいました。私の意見は数多の意見の一つにすぎません。正しいかどうかはわかりません。ただ、皆さまのご参考になれば幸いです。
...
つづく
...
- ...
-
『或除者の独白』前の話へ
-
『或除者の独白』各話一覧
-
『或除者の独白』次の話へ
-
「小説・物語」カテゴリの記事一覧
- ...
- ...
-
前の記事へ
-
ブログのトップへ戻る
-
次の記事へ