山田隆一公式サイト

275.生まれ育った長崎から、平和を願う。【長崎原爆の日】

2023/08/09

本日8月9日は、長崎で78年前に原子爆弾が投下された日です。

私は長崎で生まれ育ったこともあり、常に世の中が平和であってほしいと願っておりますが、本日は特に平和について考える日といたします。

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長崎では毎年8月9日は登校日であり、私もかつて学校に行き、体育館で黙祷を捧げたことを覚えております。

他の日でも平和学習が実施され、長崎市内の平和に関する施設を社会科見学で訪れたり、実際に被爆者の方々のお話を伺う機会もありました。

当時は子どもであり未熟で、平和についてそれほど深く考えることはありませんでしたが、大人になった現在は平和について深く考えるようになりました。したがって、子どもの頃平和学習が実施されて良かったと思えます。

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本日は台風6号が接近している影響で、毎年長崎市の平和公園にて実施されている平和祈念式典が屋内開催となり長崎駅付近にある出島メッセ長崎で実施されました。

また、この式典は来賓なしで長崎市のみで実施する小規模なものとなり、普段の式典と大きく異なるものとなりました。学校でも、登校日が中止になったようです。

しかし、式典がどのような形で開催されようとも、私が平和を願う気持ちは変わりません。広島と長崎で起きた原爆投下という悲しい歴史を、二度と繰り返してはなりません。

実際に被爆した世代の方々は高齢化が進み、人数がどんどん少なくなっております。私を含めた、原爆投下を実際に体験していない世代の人々のほうが多い時代となっております。

したがって、私のような若い世代こそが、二度とあってはならない原爆投下について考えていくことが大事です。

本日の平和祈念式典にて、両親が被爆者で被爆二世にあたる、長崎市の鈴木史朗市長が読み上げた 長崎平和宣言の中で引用されていた、被爆者の故・谷口稜曄氏の言葉が強く印象に残りましたので、ご紹介いたします。

「過去の苦しみなど忘れ去られつつあるようにみえます。私はその忘却を恐れます。忘却が新しい原爆肯定へと流れていくことを恐れます。」

過去にあったことは、どうしても忘れられていきます。しかし、原爆投下という悲惨な出来事は未来永劫、忘れられてはなりません。毎年繰り返して平和祈念式典を実施するのも、そのような意味合いがあります。私が生きている間も毎年ずっと実施されるべきですし、その先の時代でも実施され続けることを願います。それだけ、忘れ去られてはいけない出来事なのです。

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現在もロシアによるウクライナ侵攻など、戦争に関するニュースが報道されるたびに、心が痛みます。多くの命が犠牲になる戦争の悲惨さ知ると、そうならざるを得ません。

私はイタリアに約1年間留学したことがありますが、長崎出身だと自己紹介するとほとんどの人が長崎を知っていました。自身の故郷の海外での認知度が高い事実を肌で感じ、そのこと自体は嬉しく、誇らしく思ったのですが、認知度が高い理由を考えると複雑な気持ちになりました。

留学中、とある学生が私に、「君は長崎出身なこともあって穏やかな性格なのかな?」といった旨のことを話しました。興味深い質問でしたので、印象に残っております。私はもともとおとなしい性格なのですが、それに加えて長崎で生まれ育ち、平和について深く考えていることも影響しているのかもしれない、と思いました。

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本記事をお読みいただき誠にありがとうございました。本記事では、私の平和に対する想いを中心に述べました。

次の記事では、私が以前撮影した長崎市の原爆や平和に関する場所の写真をご紹介いたします。